大島優子が改めて私に教えてくれたこと

優子!卒業おめでとう。

ということで、優子のインタビュー記事読んでたら凄く凄くキラキラした言葉があったので貼っとく。

――今後の活動はどのようになりますか。
大島「皆さんをワクワクさせる活動をしたい。歌はやらないです。好きなんですけどね、でも人前で歌うレベルじゃない。みんな大勢で歌えばごまかしが聞くから歌えていた。みなさんが寝付けないような歌声、心地悪い歌声なので謙虚にやめておこうかなと(笑)」

きっとこういう発言を読んで、怒ったりする人いると思うんだけどね。私は凄く好きな解釈なんです。

才能ってある意味絶対的。権力に等しいと思う。アーティストとか、シンガーソングライターとか、芸術家は、表現する場において権力者。

天才が日の目を見るのは当たり前のこと。絶対王政なんです。

そしてそういう権力を目の当たりにしながら、自分の凡人度を確認して、淡々と生活していく。

だけど、アイドルという連中達は、そんな権力にぶち当たっていくわけです。歌もダンスも、大したことないし、才能だってない。でも表現者になろうとする。歌が好きだ!、ダンスが好きだ!、表現してみたい!というピュアでシンプルな衝動にまかせて。

その様は絶対王政に反旗を翻して、革命を起こそうとするソルジャーの様に見える。(頭のおかしい私にはw)そこで紡がれるストーリーの面白さと壮大さ、才能をも凌駕する一瞬のエナジー、そういうものを味わうとね、抜け出せなくなる。

革命支援者たちのように、ヲタクも肩身狭いですけどね(苦笑)でも、得られるものすごくあって、楽しいです。

丸坊主にする子とか出てきて、世間からどん引きされたりするけどね。全力で戦ってるとああいうことになっちゃいます。

ファンタジックなんだけど、身の程を知ってる冷静さも持ち合わせてる。アイドルの美しいバランス。

才能だけが特別じゃない!皆特別!代わりなんかいない!スペシャルだぜ!

そういうアイドルのもつメッセージ性はロックだと思うのよね。

っていう思想を二カ月に一回は(もっとか?)手を変え品をかえ主張してる私もどうかと、最近思うよね(笑)いいかげんくどい!!! というか、たぶんこの界隈でブログ初めて5年間ずっと、この事言い続けてると思うw←いい加減にしろや。

でもこれ女優さんに対する思想にも通じてるのね。私は演劇の基礎をしっかり学んでいるタイプの女優さんにはツボらない傾向なんです。(そういう意味では例外はイーフェイさんだけかもしらんな)

ある日突然なんらかの形で見つかっちゃって、なんの準備もしないまま演じることを始めた女優さんの紡ぐプロセスが好き。

依晨だって安公主だってツインズだって、ウンジだって、雪芙さんだってアイビーちゃんだって…経験を培うより前に自分の感性のみで勝負することを求められた人達。

荒削りだとしても、キラキラ輝くものがあります。

その感性に面白味があったから、皆活躍してるんだよね。

まるごとの感性でこちらにボールを投げてくる瞬間がある。それ食らうのが私は好き。やられたって思う。

たぶんね、私ひねくれ者だから、「あるべきところにあるべき人が収まる」っていうのがつまんねーなって思うんだろうね。そこに私の求めるストーリーはないから。

ジャンヌダルクも農夫の娘だからね。

農夫の娘が・・・・・っていうストーリーの持って行き方が、好きなんだな。だって壮大だもん。

ということで優子卒業おめでと。絶対権力にこれからも立ち向かってくれ!

えい!

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