給愛麗絲的奇蹟~10話まで見た

GW-01329

※ネタバレ有りです。

あらすじ(箇条書き)

・日本に帰国したアリスだったが、祖母は病に倒れ帰らぬ人となる。

・傷心のアリスにも手を緩めることなく、脅すSJ。

・コンテストに出る蝶菲。 しかし審査員から酷評される。 厳し過ぎるという海傑だが、自分で立ち上がることも必要だという霆宇。

・霆宇は聖子が海傑の探していたアリスなのではないかと疑いを持つ。 聖子のことを調べる霆宇。そして、彼女が佐々木(SJ)という男の婚約者であることがわかる。

・佐々木が製薬会社の二代目であり、バイオテクノロジーの会社を経営していることがわかる。

感想なぞ。

画面に「Biotechnology」という文字が見えた瞬間に脱力(泣) なんで、そんな詰め込むんだー(/□≦、)

最近、毒は封印していたんですが・・・流石に悲しくなったわっ。 アーロンが役の設定にバッチリハマっているだけに非常にもったいない。

「神経質な天才音楽家」 そう何度も出来る役じゃあるまい。こんなところでカードを切ってしまったのは口惜しいなぁー・・・。 アーロンのビジュアルや目力が上手いこと設定とリンクしているだけに、女優専門職の私でもそんな風に思ってしまったわっ。

「台湾×音楽×天才」 と言われて思いつくのはやはりジェイ・チョウ。 そしてそんな彼の作品「言えない秘密」。

いい脚本にめぐり合うことだけじゃなく、自分のためにあるような役にめぐり合うことも役者さんにとって大切なことなんだと思う。 そして、神経質な天才音楽家はアーロンにとってその可能性を十分に秘めた役だったはず。

演奏者の命すら奪ういわくつきのバイオリン。そして、それを欲する霆宇。 舞台は整ったかに見えた・・・・。が、しかし、そこに必然性がない。

個人的な感想ですが、未だに「音楽」を下敷きにした必然性を感じ取れていません。 むしろアーロンにバイオリンを持たせておけばハマるだろうというアクセサリー的な意味合いしか感じ取れない。

「職業」を下敷きにするドラマって「必然性」がないとダメなんだと思うんですよ。 どんなに役者さんが、頑張っても「必然性」が無ければ、暖簾に腕押し状態。

給愛麗絲的奇蹟の脚本家は痞子英雄にも関わった作家さんだそうです。 霆宇と海傑のコントラストやキャラの背景をストーリーと絡めて行くところは共通する部分でしょうか。 でも痞子英雄で感じられた必然性がアリスでは感じられない。だから私のテンションも下がり気味です。

ベタな設定だけど、アリスのお父さんが音楽家で、彼が残した楽譜に謎が秘められているとか、そういう絡み方だったらもっと違ったような気がするのですが・・・バイオテクノロジーってなんやねん?(汗)

音楽ドラマでここまで必然性がないドラマは珍しいんじゃないかな・・・・。

以前にもどこかで書きましたが、良い作品に出会いたいというよりも、役者さんのキラメキに出会うためにドラマを見ています。だから作品が面白い面白くないよりも、役者さんの無駄遣いに過敏に反応してしまう。

単純につまらないドラマだったら、「あーつまらなかった」で終わりなんですが、天才音楽家というバッチリな設定をアーロンに無駄使いさせてしまっていることが非常に残念。

脇役のストーリーもおまけのようで熱量が足りないなー。 蝶菲姉の不倫相手が嫌い(笑) 奥さんがかわいそうすぎて・・・。あんまり深く描かれてないですが、奥さん凄い素敵な人そうだったのに。 海傑の姪っ子もその後一切登場しないし・・・・。うぅぅぅ。

今後、しっかり回収してくれるといいなーと思います。

良くない点ばかり書いてきたので良い点。

リサが良い!

蝶菲が可愛く見え始めた。ララちゃん歌上手い♥ 流石!

以上、10話までの感想でした。

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