ここ2話程放置してた呼叫大明星・・・ようやく追いつきました。 詰め込みすぎだってw
「スターな彼」というタイトルとはドンドンかけ離れてきているような気がします。
大スターと一般人(大抵、そのスターを知らないとか興味がないという初期設定多し)のラブストーリーはいくつか見ているけど、そのほとんどがスターと付き合うが故の苦悩とか、価値観の違いとか、お邪魔虫(大抵キャリアを重視するマネージャーか、大スターに惚れてる同業者etc)の介入によるすれ違い等々「住む世界の違い」を描くものが多い。//っていうかこの手の題材を選ぶ場合「そこ」が味噌なのではないかなぁと。ただ呼叫大明星の場合、結構独自路線走っているような気がします。
別にそれがいけないっていうわけでもないんだけど、「設定」の意味合いが若干薄いような気もしなくもなかったり。 前半より大分楽しんで見れてるんでそれなりにキュンキュン♪してますが。
ただ・・・・阿saの泣き演技が大根に見えてしまうという 私的に心が凍る部分もあったり・・・
SASA姐の泣き演技は今までいくつか見てきたけどまるで「別人」なのは何故なのでしょうか?
泣き方そのものが違う・・・。っていうか・・・もうこれは個人の趣味趣向なのであの泣き演技は決して悪いものではないのかもしれないけど、呼叫大明星でのSASA姐の泣き演技は私の好きな泣き方ではないのです。
っていうか絶対阿saは�・馨にまったく共感してないんだと思うわっ(苦笑)
だから結局は「ウソ泣き」色が強く出てしまうんじゃないかな・・・。そもそも泣き演技なんてのはその全てが「ウソ泣き」なんだけど、本人がその役の気持ちに共感すれば、色を打ち消すことも出来るわけで・・・。
自分が何故泣いているのか?何故悲しいのか?何故辛いのか?その全てを言葉で表現しようとする時点で、我的には共感の対象からハズれてしまう(号泣) 人間には「察する」っていう能力が大なり小なり備わっているわけで、そこをいかに上手くくすぐるかが「演出」する側の腕の見せ所だと思っています。←何さま発言。
この手の演出を一切合財切り捨てるわけではないし時と場合によりけりなんだろうけど、アラサーのSASA姐にはキツイ演出だと思わずにはおれんわ(個人見解)
阿saはそれはもう、可愛くて可愛くてとっても素敵な女優さんなんだけど、この手の偶像劇で求められるチワワ的ヒロインは合わないなぁ・・・と(阿saごめん)彼女はチワワではなく、フレンチブルドッグなのですもう少し深く掘り下げて、書き散らしたいけど、そろそろタイムアップなので就寝します(汗)
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